詩跡とは

 長く層の厚い歴史を有する中国には名勝古跡と呼ばれるものが多い。文学や歴史などのジャンルに関わりなく、多少なりとも中国の古典世界に足を踏み入れたものであれば、峨眉山、廬山、湘水、黄鶴楼、赤壁、玉門関などの名称は、馴染み深いものとして耳に入ってくるはずである。

 ところで、現在中国ではこれらの名高い山や川、もしくは楼閣などを、「名勝古跡」または「名勝」という一つの概念で括ってしまっている。自然物と建造物、或いは地域(省)など、即物的な分類の視点は見られるものの、例えば個々の名勝古跡が持つ歴史的背景を考察して分類するような視点は見あたらない。しかし当然の事ながら、それぞれの名勝古跡の成り立ちには様々な背景があり、決して一つの概念では括ることのできない、多彩な内容を有していることは明らかな事実である。

 一方、我が国においても名勝古跡の類は数多く見出せる。種別としてみれば、古戦場であったり、歴史的建築物であったりと、中国のそれに類似したものが多い。しかし日本の場合、それらをただ単に名勝古跡として一括するのではなく、それを分類する概念が幾つか存在する。その中の一つに「歌枕」というものがある。これはある特定の場所が、ある名歌との関わりで想起され、風景への感動に加えて、文学的な感動を以て享受者に受け入れられるものである。

 日本に比べて、韻文文学においても遙かに長い歴史を持つ中国に、なぜこのような詩学上の概念、及び用語が誕生しなかったのであろうか。その理由はさておき、実際に中国における名勝古跡を探ってみると、まさに日本の歌枕に相当するものが多く存在するのである。これに「詩跡」という新たな詩学用語を与え、この「詩跡」を一つの視点として中国の詩歌史を見直していくことはそれなりに一つの意味があることと考える。つまり、中国人が、土地、建物をも含む広い意味での風景というものを、どのように認識していったのかということを、詩歌を中心に歴史的に跡づけてみる作業である。

 詩跡が成立するためには、その場所を詠み込んだ詩歌の存在を必要とする。従って、名勝古跡と呼ばれるものであっても、詩歌との関わりのないものは詩跡とは見なされない。詩跡の成立過程については幾つかのパターンが考えられる。最も典型的なものは、ある場所を訪れた詩人がそこを詩に詠み込み、以後、継承的に歌い継がれて一つのイメージが形成されるというものである。しかし、その場所を最初に詠んだ詩が著名になり、それがそのまま固定したイメージとなって、詩跡の形成につながるというパターンもある。ある特定の場所が、ある名歌との関わりで想起されるという、歌枕≒詩跡の定義からすれば、このような可能性も十分にあり得ることと言えよう。

 詩跡の成立時期については、いくらか幅はあるものの、六朝期にその萌芽が見られ、唐代にその基礎がほぼ出来上がったと見てよい。統一帝国唐朝の下での、詩歌の隆盛と文人の盛んな旅遊とによってそれが形成されたと見てよいであろう。これを基礎に、次の宋代、特に南宋では詩跡的観点に基づいて編集したと思われる地理書が登場し、その一般への周知がより進むことになる。

 詩跡という観点を導入することにより、中国人と風景との関わり、及びその変化の歴史を探ることができ、延いては詩歌を中心とする文学鑑賞の上でもより豊かな解釈を提供できる、と考えている。
(松尾 幸忠)
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