詩跡名 沈園
別称  
地理 浙江省紹興市
代表作
訪問日 2010.9
関連語
その他  
説明  沈園…紹興市区魯迅中路318号にある沈園(しんえん)(沈氏の庭園)は、旧社会の愛の悲劇を物語る詩跡である。南宋・陸游は二十歳のころ、母方の従姉妹(いとこ)にあたる唐琬(とうえん)と結婚したが、嫁と姑の仲が悪く、やむなく離縁した。紹興25年(1155)、31歳のとき、陸游はここで唐琬と思いがけず再会する。(それぞれすでに再婚。)唐琬は今の夫に事情を話して、陸游のもとに酒肴を届けさせた。陸游は万感の思いを詞(ツー)「釵頭鳳(さいとうほう)」のなかに詠みこみ、沈園の壁に書きつけた。その一節にいう、

東風悪
(あ)しく 歓情薄し
一懐の愁緒 幾年
(いくねん)の離索ぞ
(あやま)てり 錯てり 錯てり


と。唐琬はこの歌詞を見て、ほどなく悲しみのあまり死んだという。
 陸游は、最晩年に至るまで、この前妻をしのぶ詩を作り続けた。慶元5年
(1199)、75歳のとき、当地を訪れて七絶「沈園」詩を作る。

城上の斜陽 画角(がかく)(角笛の音)哀し
沈園は 復た旧池台に非ず
傷心す 橋下 春波緑
(みどり)なるに
曾て是れ 驚鴻
(きょうこう)の影を照(うつ)し来(きた)れり


と。驚鴻
(物音に驚いて飛び立つ大白鳥)とは、40年前に再会したときの唐琬の比喩である。数年後、81歳の陸游は、さらに「十二月二日の夜、夢に沈氏の園亭に遊ぶ」詩を作っている。

 清・蒋士銓
(しょうしせん)は、「沈氏園に放翁(陸游の号)を弔う」詩のなかで、老年になっても若き日のちぎりを夢見る、その持続的な情愛を、

四十年中 心骨痛み
白頭 苦
(ねんご)ろに作(な)す 鴛鴦(えんおう)の夢


と歌っている。

 ちなみに沈園は1994年、再び広々とした園跡を回復したが、瓢箪状の葫蘆池だけは宋代の面影を伝えているという。近くの春波橋
(沈園の西北)は、もと羅漢橋とよばれたが、後人が陸游「沈園」の前掲の詩句(傷心橋下春波緑)に基づいて改名したとされる。
(植木 久行)

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