詩跡名 放鶴亭・林和靖墓
別称  
地理 浙江省杭州市
代表作 林逋「山園の小梅」、「自ら寿堂(生前に造る墓穴)を作り、因りて一絶を書して以て之を誌(しる)す」
訪問日 2010.9
関連語
その他  
説明 放鶴亭 放鶴亭・林和靖墓…西湖西北の島、孤山(海抜38メートル)は、北宋の初期、仕官も妻帯もせず、多く植えた梅の花をわが妻とし、飼育する二羽の鶴をわが子と見なして、清高な境涯を送った隠逸詩人、林逋(りんぽ)(967-1028、字は君復、諡は和靖先生)が住んだところである。

 彼の代表作「山園の小梅」
(山荘の園(その)の小さな梅)詩は、夜の梅の幻想的な美しさを、

疎影横斜して 水清浅
暗香浮動して 月黄昏


と歌い、梅の花の心を捉えた千古の絶唱とされる。「水清浅」とは、清らかで浅い西湖の水面を指すのであろう。孤山北麓にある放鶴亭は、もと元・陳子安が建てた記念の建築であり、現在のものは1915年に再建されたものである。付近は西湖観梅の勝地となる。



 林逋の墓は放鶴亭のそばにある。林逋は生前、廬(いおり)のそばに墓を造り、「自ら寿堂(生前に造る墓穴)を作り、因りて一絶を書して以て之を誌(しる)す」詩を作っていう、

湖上の青山 結廬に対す
墳前の脩竹
(しゅうちく)(長い竹)も亦た蕭疎(しょうそ)たり
茂陵
(もりょう) 他日 遺稿を求むるも
猶お喜ぶ 封禅
(ほうぜん)の書無きを

(病気で罷免された前漢・司馬相如は茂陵邑に住んだが、彼が重態に陥ったとき、武帝は使者を派遣してその著作を求めた故事を踏まえて、皇帝の御用文人とならなかった自負心を表白する)

と。かつて生前の隠棲地に祠堂が建てられた。




 明・呉鼎芳
(ごていほう)の「和靖祠の前に晩(くれ)に坐す」詩には、前掲の詠梅の名句を踏まえて、「梅花 復た主(主人(あるじ))無し、曾て暗香の浮かぶ有り」と詠む。現在、林和靖(りんなせい)(逋)の墓は、放鶴亭の西南23メートルの台地上にあり、清代に重点的に修復された円形の墓塚と青石の墓碑が現存する。
(植木 久行)

浙江省目次に戻る /  TOPに戻る