詩跡名 九曲渓・玉女峰
別称  
地理 福建省市
代表作
訪問日 2010.9
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説明  九曲渓・玉女峰…武夷山脈の主峰、黄崗山の西南麓に源を発する武夷山西南の名勝であり、九曲して崇陽渓(建渓)に注ぐ。九曲渓の長さは7・5キロ。

 九曲渓は南宋・朱熹の「淳煕
(じゅんき)甲辰(11年―1184年)の中春、精舎に閑居して、戯れに武夷櫂歌(とうか)十首を作り、諸同遊に呈し、相与(あいとも)に一笑す」という、七言絶句の連作、いわゆる「九曲櫂歌(舟歌(ふなうた))」で一躍有名となる。(当時、55歳)一曲ごとに変化する風光の美を清新・明快に歌う第二首以下の前に置かれた、九曲渓の総述ともいうべき第一首には、こう歌われている

武夷の山上 仙霊有り
山下の寒流 曲曲清し
箇中
(ここ)の奇絶の処を識らんと欲すれば
櫂歌 閑かに聴け 両三声を


と。現在は上流の星村鎮から竹の筏
(いかだ)(幅約2メートル、長さ約9メートル)に乗って九曲、八曲、七曲と下っていくが、古い時代は川を遡るため、下流から一曲、二曲と呼ばれている。

 二曲の西側にある玉女峰
(高さ131メートル)の優美な姿は特に名高い。南宋初の辛棄疾「武夷の玉女峰」詩には、

玉女峰前 一たび櫂歌すれば
雲鬟
(うんかん) 霧髻(むけい) 清波に動く


という。また武夷山に住んだ南宋末の道士白玉蟾
(はくぎょくせん)「九曲雑詠」詩のうちの「二曲の玉女峰」には、

花を挿し水に臨む 一奇峰
玉骨 瓊肌
(けいき) 処女の容


とある。いずれも玉女峰を美しい神女に見立てた描写である。

 南宋・張至能「武夷山」詩には、舟遊びの楽しさを、

九折の蒼江 葦航(いこう)(小舟)を転じ
花間の流水 自
(おのず)から宮商(妙なる調べ)


と歌い、明・陳経邦「武夷に夜泛(うか)ぶ」詩には、月明下の渓流のきらめきを、

半輪の明月 峰頭に挂(かか)
万点の玻璃
(はり)(七宝の一、水晶の類) 碧流に散ず(散乱する

と詠んでいる。 ちなみに九曲渓の両岸の岩には朱塗りの題刻
(磨崖石刻)が多く、風情を添えている。六曲の空谷伝声処に刻まれている〈逝者如斯〉の文字は朱熹の親筆と伝える。
(植木 久行)

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