詩跡名 武夷精舎(ぶいせいしゃ)
別称  
地理 福建省武夷山市
代表作
訪問日 2010.9
関連語
その他  
説明  武夷精舎(ぶいせいしゃ)…九曲渓の五曲、隠屏峰の南麓にあり、朱熹が南宋の淳煕10年(1183)、54歳のときに築造した講学の処である。(仁智堂、隠求斎、止宿寮、観善斎、寒棲館、晩対亭など)朱熹はここで数年間講学した。南宋末(1261年)、拡張されて紫陽書院となる。明の正統13年(1448)、朱熹の八世孫にあたる朱洵(しゅじゅん)・朱澍(しゅじゅ)が改建して朱文公祠と改称した。近年まで清初に再建された武夷精舎の残址と石碑が残るのみであったが、2001年再建された。

 朱熹の「精舎」詩
(武夷精舎雑詠の一)にいう、

琴書 四十年
(ほとん)ど山中の客と作(な)
一日 茅棟
(ぼうとう)成り
我が泉石に居然
(きょぜん)(安らか)たり


と。また彼の「行きて武夷精舎を視て作る」詩は、造営時の作である。清・査慎行「武夷精舎」詩にはこう歌われている、

早年 蒙養の地
晩節 宦遊の途
風雨 一精舎
渓山 双画図
居常
(日常) 道院を隣りにし
交わりは緇徒
(しと)(僧侶)を廃せず
識者は其の達なるを観る
何ぞ曾て大儒を累
(わずら)わさん


と。
(植木 久行)

福建省目次に戻る /  TOPに戻る