詩跡名 斉山(せいざん)
別称  
地理 安徽省池州市
代表作 杜牧「九日斉山登高」
訪問日 2005.9.
関連語
その他  
説明
 池州市(もと貴池市)の東南1.5キロにある、海抜87メートルほどの石灰岩質の山。国道318号線に隣接し、面積は3.5平方キロメートル、西南から東北に向かって延び、白沙湖畔に連なる。山名の由来には二つの説がある。一つは、この山には十余の峰があり、それぞれの峰がほぼ斉(ひと)しいので「斉山」と名付けられたという説、もう一つは唐の貞元年間、斉映という人物が池州刺史に任じられ、治政の評判が高く、その彼が常々この山に遊んだことから人々が彼の姓を取って「斉山」と名付けたという説である。
 斉山の詩跡化は杜牧の「九日斉山登高」詩に始まる。

  九日斉山登高  九日、斉山にて高きに登る
 江涵秋影鴈初飛   江は秋影を涵(ひた)して 鴈 初めて飛び
 与客携壺上翠微   客と壺を携えて 翠微に上る
 塵世難逢開口笑   塵世 逢い難し 開口して笑うに
 菊花須挿満頭帰   菊花 須く満頭に挿して帰るべし
 但将酩酊酬佳節   但だ酩酊を将(もっ)て 佳節に酬い
 不用登臨恨落暉   用いず登臨して 落暉を恨むを
 古往今来只如此   古往今来 只だ此くの如し
 牛山何必独霑衣   牛山 何ぞ必ずしも 独り衣を霑(うるお)さん   (『樊川文集』巻三)

 杜牧は会昌4年(844)9月から会昌6年9月まで池州刺史の職にあったが、この間、友人の張祜が彼を訪ねて来、重陽節に二人連れだって斉山を訪れた。時に会昌5年、杜牧43歳の時である。詩中の「客」とは張祜を指しており、この時彼が杜牧に唱和した詩も伝わっている。詩中で杜牧はこのように言う。―俗世間に生きていると、口を開いて笑えるような楽しいことには滅多に出会えない。だから今日のようなめでたい日には菊の花を頭一杯に挿して楽しく帰りたいものだ。十分に酩酊して佳節に酬い、沈みゆく夕陽を恨むことなどやめようではないか。昔も今も時はこのように過ぎ、人はこのようにして老いてきたのだ。かつて春秋時代、斉の景公は(都、臨淄(りんし)の南郊にある)牛山に登って国見をし、なぜこの美しい国土を捨てて死んで行かねばならないのかと涙を流したと伝えられるが、そのように考えれば、死の到来をひとり嘆くことなど必要ないではないか、と-。

 当時、杜牧は地方官の職にあることに大きな不満を抱いており、友人の張祜は自らの文学がなかなか世間に認められないことに失望を感じていた。しかし古えから今日までの大きな時の流れの中に自らを位置づけてみれば、そのような問題は取るに足らないこと。今現在のこの良きひとときを大切にすることこそ大事なのではないかと、親友を前にして一つの達観した態度を示している杜牧が、ここにいる。

 この作品は後世の詩人たちに高く評価され、以後、陸続と継承作品が作られた。斉山の入り口にある案内図の説明文には杜牧、司馬光、王安石、包拯、王十朋、陸游、岳飛、袁枚等がかつて登臨して詩を賦し、池州の勝境を誉めたとあるが、杜牧の作品の継承性という点から見た場合、陳襄、韋驤、梅堯臣、王安石、郭祥正、洪适(かつ)、楊万里、楊冠卿、張栻(しょく)、魏了翁、戴昺(へい)、李綱、喻良能、袁說友、趙善括、范成大等(以上、宋代)の名が挙げられる。これらの継承作品に共通するところは、
  1. 詩中に杜牧の詩句を用いている(例:韋驤「九日」詩、「須憑酩酊酬佳節、追感齊山不浪吟」)
  2. 杜牧及びその作品に言及している(例:郭祥正「儲溪重九阻風、戲呈同行黎東美」詩、「却憶齊山小杜歌、人世難逢笑開口」)
  3. 杜牧の詩の韻に和している〔用韻、次韻〕(例:袁說友「遊齊山用唐杜紫微韻」詩、「聨鑣出郭疾於飛、好景留人倦式微。盡日山行惟所適、夕陽堤上詠而歸。摩挲苔壁嗟前事、徙倚巖亭惜寸暉。空憶樊川秋影去、為誰重唱縷金衣」)

の、いずれかの要素を必ず含んでいることである。時代的には宋代以降、継続的に作られているが、特に宋代に作例が集中しているのが注目される。それはこの作品への評価が高かったことに加え、この時期、池州が地理上の要衝であったことも関係していたようである。

 著名な陸游の『入蜀記』には池州を経過したときの模様が記されているが、そこには「初、王師平南唐、命曹彬分兵自荊州順流東下、以樊若冰為郷導、首克池州、然後能取蕪湖當塗、駐軍采石而浮橋成。則池州今實要地、不可不備也。」という記述がある。また同書には池州における杜牧の作品についての言及も見られ、この当時、旅の訪問地における詩歌の存在をかなり意識するようになっていた傾向が読みとれる。このような時代背景の下に、『輿地紀勝』や『方輿勝覧』等が編纂されたのであろう。

 しかし、現在の斉山における杜牧ゆかりの遺跡は殆どないと言ってよい。これは、杏花村と比較した場合、きわめて興味深い現象であると言えよう。(→「杏花村」の項参照)

(松尾幸忠)

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