詩跡名 陋室(ろうしつ)
別称  
地理 安徽省和県
代表作 劉禹錫「陋室銘」
訪問日 2005.9.7
関連語 劉禹錫
その他  
説明  長慶4年(824)、和州刺史となった劉禹錫(リュウウシャク)が、在任中に建てた州治(州庁)内の住まいの名。陋室は陋屋の類語。安徽省和県城(歴陽鎮)内の、陋室公園の中に再建されている。南宋の王象之『輿地紀象』巻48,和州・景物上・陋室の条に、「唐の劉禹錫の闢(ひら)く所。又た陋室銘有りて、禹錫の撰する所、今見存(現存)す」とあり、同書同巻、碑記・唐劉禹錫陋室銘の条には、「(唐の著名な書法家である友人)柳公権の書、庁事(役所の執務室)の西偏の陋室に在り」という。

  劉禹錫の「陋室銘」とは、「山不在高、有仙則名。水不在深、有竜則霊。斯是陋室、惟吾徳馨」(山は高きに在らず、仙有らば則ち名あり。水は深きに在らず、竜有らば則ち霊あり。斯(ここ)は是れ陋室にして、惟(た)だ吾が徳のみ馨(かお)れり」)で始まる、全81字の短い名文。(ただし、劉禹錫の文集には未収。『全唐文』巻608等に所収
〔注1〕) 元の王義山の詩(「和申屠御史来豫章韻」)の「一衣帯水繞洪城、水不在深竜則霊」(『稼村類藁』巻3)のごとく、 「陋室銘」を踏まえた句を生んだが、 陋室そのものは、詩中に詠まれて詩跡となることはなく、単なる名勝古跡に終わったようである。

 しかし陋室自体は、 劉禹錫の「金陵五題」(「山は故国(古都)を囲んで 周遭として在り」で始まる七絶「石頭城」、「朱雀橋辺 野草花さき」で始まる七絶「烏衣巷(ウイコウ)」を含む5首)や、晩春の美しい風景を詠んだ名句「野草芳菲たり(花々が咲き匂う) 紅錦の地、遊糸繚乱たり(空中に漂う[蜘蛛の子が吐き出す]糸が、乱れてからみつく) 碧羅(ヘキラ、あおい薄絹)の天」(「春日 懐いを書し、東洛の白二十二[居易]・楊八[帰厚]に寄す」詩、『和漢朗詠集』春興所収)などが誕生した場所として忘れがたい。

 現在の入口の門首に見える 陋室の2文字は、著名な詩人臧克家(ゾウコクカ)の筆になる。また 陋室内の主室には、 劉禹錫の塑像が立ち、「政擢賢良」(政は賢良を擢[ぬきん]づ)の扁額がかかる。陋室の建物は、清の乾隆年間、和州知事宋思仁が再建した後、光緒年間・民国時代の補修を経て、1987年、大規模に修復されたものという。
(注2)

 (注1) 南宋の撰者未詳『錦繍万花谷』後集巻23には「陋室銘」の1部分、明の彭大翼『山堂肆考』巻130には、全文を収める。ちなみに、伊藤正文・一海知義編訳『漢・魏・六朝・唐・宋散文集』(平凡社、中国古典文学大系、1970年)には、「陋室銘」の訳注を収める。

 (注2) 現在、陋室のところに建つ「陋室簡介」による。『嘉慶重修一統志』巻131(原44冊),和州・古蹟、陋室の条には、「州治の後ろに在り、遺址猶お存す。唐の劉禹錫の築く所、陋室銘有り」という。                      
(植木 久行)

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